ウガンダのエンテベから車で約一時間半。マバンバ湿地に入ってまず印象に残ったのは風だった。湿地というと湿気を含んだ重たい空気を想像していたが、実際には驚くほど爽やかな風が吹いていた。水面を渡ってくる風は軽く、植物と水の匂いを含みながらも不快さはなく、むしろ身体に自然に馴染んでくるような感覚があった。この場所は自分にとって心地よい環境なのだと直感的に分かった。
観察は4日間、計5回のボートで行った。湿原は抽水植物(根は水中または泥の中にあり、茎や葉が水面より上に出ている植物)が密集し水路と植物帯が複雑に入り組んで、ときに草の壁みたいにみえる。パッと見て、視界に入る生き物の数は多くないかもしれない。しかし観察しはじめれば、水辺の鳥は豊富にそこここに見え、野太いゴォーゴォーというカエルの鳴き声が時おり聞こえ、頭上にインコ(なんとヨウムが一回飛んでいった)、カモやサギが舟の前を飛んで行くのも見えるし、パピルスにセッカやカワセミの仲間が止まっているのも見える。水面に浮く植物に細くて小さいトンボなどの昆虫の気配、水中には2センチ程度のたくさんの魚なども見える。生命の密度は非常に高いことが感じられる環境だった。直接よく見えなくても、そこには確実に生き物がいる。その感覚は雪原で痕跡を追いながらユキヒョウの存在を感じ取ったモンゴルのときとよく似ていた。

水面にはウォーターリリー(=スイレン/普段使わない英単語はとっさに出ず、またスイレンとハスがわからなくなるから次回の自分のためにこのように記載する)がたくさん広がって咲いていた。朝の時間帯にはまだ花が閉じ気味でつぼみに近い状態のものが多かったが、午後になると花がしっかり開いていた。日差しに応じて開花状態が変化していることが分かり、湿原の植物も時間のリズムの中で生きていることを実感した。
湿地の泥に触れたとき、最初に感じたのは硬さだった。表面は柔らかく見えるが内部は思っていたよりもずっとしっかりしていた。植物の根は太く発達し、湿原という環境を支える構造が存在していることが分かった。掘り返してみると、ミミズの糞のようにも見える色の異なる土壌が現れた。生物の活動痕であることは明らかだったが、直接個体は確認できなかった。水中・泥中・陸上の境界が連続している生態系であることを実感した。

ガイドは、成鳥のハシビロコウを探す際は、肺魚(ハイギョ、lungfish)のいる場所を探すのだと説明してくれた。そしてその条件の一つが、水位が低い場所だと言っていた。聞いた直後になぜ水が少ない方が肺魚が多いのか?と疑問に思いつつも流したが、後になってその理由が分かった。
浅い水域は酸素量が少なく、一般的な魚にとっては生息条件が厳しい。しかし肺魚は空気呼吸ができるため低酸素環境に強く、むしろ競争相手や捕食者が少ない環境で優位になる。また浅水帯は無脊椎動物や小型魚類が多く、餌資源も豊富である。そのため水位が低い泥質の場所は肺魚にとって好適環境となりやすい。

水際では黄色い小さな食虫植物(タヌキモ類)も観察できた。ハシビロコウを観察した4回中、3度近くで確認(全体では、それほどみつけなかった)、ハシビロコウがいる場所と湿地の栄養環境を象徴する存在のように感じられた。
ハシビロコウの観察だが、初日に出会ったのは成鳥と幼鳥の個体だった。舟で距離を詰めると成鳥はすぐに飛び立ち、再度近づいた際も同様に飛翔した。警戒心は決して低くない。一方でその後にあとの幼鳥は対照的で、舟を止めてしばらく遠くから観察していたら、こちらに近づいてくる場面があった。大型の体を持ちながらも動きには幼さが残り、じっとしていない。私の飼っているレオパの様な餌を見つけた時に3回くらいに分けて顔を少しずつ近づける様な仕草をしたので、一瞬、爬虫類に見えた。その後、成鳥個体も観察し、個体差かもしれないが、落ち着きが少ない年齢差による行動の違いを明確に感じた。

一般には「動かない鳥」として知られているが、実際に観察するとその印象とはかなり異なった。確かに狩りの際には静止時間があるが、完全に不動というわけではない。姿勢調整や周囲確認の微動は頻繁に見られた。遠くからパピルスの隙間から観察していたからクリアに全てが見えていたわけではないが狩りの機会もそれほど長く待つものではなかった。少なくとも今回観察した個体では、三十分以上待たないうちに肺魚を捕まえて食べていた。
成鳥1羽目の朝の観察では、強い雨の後だったため羽づくろいを行い、翼を広げて乾かす行動(羽干し)も確認できた。そして翼を広げたまま草地に伏せる虫干しも確認した。大型の翼を広げる姿は非常に印象的で美しかった。また近距離でクラッタリング(くちばしを打ち鳴らす音)も確認できた。子供を呼ぶためと説明を受けたが、静かな環境だからこそ強く印象に残った。その場には我々の船しかいなかった。

成鳥2羽目の観察では狩りの成功場面に幸運にも立ち会えた。獲物を捕らえ、飲み込むまでの一連の動作の間に、ひとときの間がある事を知れた。嘴の先が鍵端になっていて肺魚をそれで一撃必殺し、まず口に入れて逃さないようにする。それからもし口から落ちても肺魚が逃げられない安全な場所(水際から離れた場所と思われる、よく見えてないがその様に説明され、そう感じた)に移動。それから、頭を上に向け、大きな嘴の中に長さ30センチ以上、太さ7センチ程度はあるだろう、それでも小型という肺魚を丸呑みした。肺魚は大きくなると2メートル、幅20センチ以上にもなるという。

観察中、時間の感覚はほとんど消えていた。時系列の詳細な観察記録を取るのをやめたせいもあるが、長いとも短いとも感じなかった。ただ環境の中に存在していた。ボートの上にときおり立ち、ハシビロコウを自分でも探す。風を感じながら周囲を見つつ、環境を感じているだけで満たされた。自分と湿原の境界線が曖昧になり、空間に溶けてるような感覚があった。
一方で、この湿地環境には人間活動の影響も確実に存在していた。観察中、漁網に絡まって死亡している大型のアフリカニシキヘビの個体を確認した。直接の原因は明らかに人為的なものであり、湿地における人間活動が野生動物に与える影響の一端を示していた。

ハシビロコウは現在、最も大きな脅威は人と言われ、具体的には人間活動の拡大による生息地の減少が指摘されている。湿地の開発、漁業活動、卵やヒナの採取などの要因が種の存続に影響を与えている。
最後の観察を終えて船着き場に戻ったとき、リクエストして、そこで暮らしている人たちが捕まえた肺魚を見せてもらった。三匹の個体が並べられており、近くで観察することができた。
最初に驚いたのは体の形だった。一般的な魚とは印象が大きく異なり、細長い体に加えて、ひげのように長く伸びた四本の突起が見えた。後になってそれが胸びれと腹びれが細長く変化したものであると知ったが、現地で見たときは非常に不思議な生き物に感じられた。

肺魚は人の食用としてもよく利用され美味しい魚だという。食べてみたいかと聞かれたが、時間もなく見せてくれた人がイヤイヤ見せてくれてるのは感じていたので今回は遠慮した。ただ、もし適切な機会があれば一度食べてみたいとも思った。もちろん料理する人次第だろうけど、あの環境で育った生き物の味には興味がある。
船着場には家が複数あって肺魚ではない魚を食べている人たちは数人見かけた。ハシビロコウ観察のための船着場は、地元の人の交通路でもあり、バイクやもっと大きな荷物を載せて動く舟もみた。
湿原でハシビロコウを探し、その餌となる生物の存在を理解し、最後に実際の肺魚個体を観察できたガイドの配慮に感謝している。
今回の旅で、湿原への興味が爆上がりし、湿原環境そのものとそこに生息する微細な生きもの、そして植物について猛烈に知りたくなった。サイクルそのものが素晴らしいとはじめて実感した。
ハシビロコウに導かれて、あの場所に行けてよかった。

## 観察回ごとの鳥類記録
1回目 午前
多く見られた種
・アフリカレンカク(African Jacana)

・セイケイ(Purple Swamphen)
・シロガオリュウキュウガモ(White-faced Whistling Duck)
この3種は毎回いたのだが、初回は数がとても多かった
特筆事項

・クロコサギ(Black Heron)をこの日だけ確認。羽を広げ、日陰を作って採餌する行動を観察
・成鳥ハシビロコウには2回飛ばれたが、幼鳥個体は接近してきて至近距離で観察できた
2回目 午前
主に多く見られた種
・レンカクゲリ(Long-toed Lapwing)
・キバシガモ(Yellow-billed Duck)
この2種も毎回おなじみの種だが、この時はこの2種が多く、行った場所のせいなのか、昨日と違うと感じた
特筆事項
・前日と同じ幼鳥ハシビロコウを観察したが、前日と異なり最初に見つけたわけでなく、既に舟の数が多く、個体がストレスを感じている様にしか見えず早々に離脱。ガイドと話し見られない可能性はあってもいいから成鳥個体を探すことにシフトする
3回目 午後
環境状況
・スイレンの花が多く開花
・成鳥ハシビロコウを探すためよりぬかるんだ浅水域へ移動。ボート操作が困難な場面多数あり
・小さな魚が無数にいることに気づく
特筆事項
・ハシビロコウ確認できず
4回目(午前・雨上がり)
前回までと違って見られた種
・ズアオバンケン(Blue-headed Coucal)

・ヒメヤマセミ(Pied Kingfisher)
・カンムリカワセミ(Malachite Kingfisher)
特筆事項
・ホオジロカンムリヅルの若いつがいを確認
・成鳥ハシビロコウが羽繕い、羽干し、クラッタリングを行った
・アフリカニシキヘビ(African Rock Python)の死体をみつける
・湿地に興味が湧き、ガイドに質問していたら掘って泥の土台の表面を見せてくれた。触ったら硬いこともわかる。そんなことしてたらカエルも発見
5回目(午前)
前回と違って見られた種

・アフリカクロクイナ(Black Crake)左
・バン(Common Moorhen)右
アフリカクロクイナはシャイでなかなか姿を現してくれないが、やっと観察。バンこの時の1羽だけ観察
特筆事項
・成鳥ハシビロコウの捕食成功場面を観察

